歳をくうほど肯定化がウマくなる
「あの時の経験があるから〜」
「なんだかんだ、ここで働けて良かった」
上は3,40代の男性が飲みの席で、
下は学生がバイトの送別会などで
どこでも聞こえてきそうな
ごくごく日常にありふれたセリフですよね。
なんか物の見方によっては凄く残念な事だと思います。
人はどんな事も意味や意義を見出して肯定化する生き物ですし、
そうしないと人はやっていけません。
だって自分の間違いを認めたくないですから。
極論、結果的にどんな事も経験になると思ってるんで
ここで、考えなければいけない事は結果ではなく、結果を招く原因になった
自分の決断への思考プロセスじゃないかなと。
例えば、AとB。2つの選択肢があって、
自分にいかにも正当性があるような理由を付け、Aを選択してしまう。
結果、合理的に考えればBの方が圧倒的に得だったとしても、
「Aを選び我慢だとか辛い経験があったから今の自分がある!」
と言ったところで、また同じ状況、同じ選択になったらどうするんだよ!
って思うんですよね。
大体にして目標に対する論理的思考の欠如で、そんな不幸な事が起こるんでしょう。
夢や目標に対してはヒドいぐらいに合理的で丁度良いのでは?
と思った、そんな丑三つ時でした。
【12/23 追記】
こういうの残念だなって思う思考。
エッセンシャル思考しっていうらしいですよ。
この世には2種類の人間がいる、エッセンシャル思考の人間とそうじゃない人間だ - 『エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする』グレッグ・マキューン - この世の果てブログ
ここまで時間を投資したからっていう気持ちがサンクコスト(埋没費用)になるみたいです。
いつのタイミングでも「もしこれが時間も金も投資していない状態」を想定して意思決定したいですよね。